アレックのレース活動

JAF公認レース編

1989年5月5日のOLD&NOW
筑波サーキット耐久レース出場のころ、第3ドライバーはアレック、さすがにフルフェイスのメット。マシーンは、MKIIスタンダードクーパー、1000ccのチューニングMINIであった。あえて1000にこだわって、1300以下のクラスに出場していた。この頃は1000のクラスは無く、MINIを中心とした1300アンダークラスのみであった。しかし、全体で7位か8位で1000ccのクラスでは2位で後ろに1000ccより遅い1300クラスもいっぱいいました。1000で1300をかもるのが一番楽しかった。

この頃同じく1000ccにこだわってレースをしていたのが、クーパーカーレプリカのガレージグレイス、この頃から1000ccでは1位、総合でも入賞するくらい、アレックとグレイスは仲の良いライバルだった。

この後の90年代の初め、アレックは筑波のレースにのめり込んで行き、グレイスはマンクスラリーをかわきりに国際ラリーへのめり込んで行った。もちろんグレイスの気谷氏、アレックのライトカバーを付けて、アレックのメタルG/Kを組んでいたのは事実である。後半はレギュレーションでメタルは使えなくなったが、そう速い車にはいちゃもんは付きものなのは万国共通かなー。

これは1991年コカコーラジャンボリーの第1回目に初めてMINIのクラスが1000ノーマル、チューニングと1300クラスとは別レースになった時のグリッドである。
当然アレックミニレーシングはポールポジションである。予選タイムはダントツ、1分16秒台、ドライバーは小林君。
この日、1000チューニングクラス初代チャンピオン。そして、盛り上がったレースは1992年のローバーコカコーラジャンボリー年間シリーズ戦へと発展することになる。

ローバーコカコーラジャンボリー
1992年4月29日シリーズ第1戦が行われた。1000ccチューニングクラス決勝レース。ポールポジションはアレックミニレーシング、ゼッケン16番、ミニもさらに作り直してアレックレーシングブルーへオールペイント。
S.T.Dピストン、カム-95°、ノンスリ、タイヤは93Jの発売前のタイヤをダンロップよりいただく。
T/Mはスーパークロスストレートカット、ファイナル3.9+ドロップ3点で4.1ぐらいであった。

1992年8月15日第2戦は大失敗でポールを取り、2位以下をワンラップ引き離し、さらに遅いのを2ラップしていた。残り2周で前に2位と3位、ドライバー小林のぶっちぎりますかの合図。アレックはこの時大人が子供相手に得意がっているような気がして、もういいよ抑えて抑えての合図、その時アレックは重大なミスを犯していた。黄旗追い越しである。1周のペナルティで正式結果は3位、あの2台を抜かしておけば1位だった。

1992年10月11日最終戦
車検場やコースへ移動の時、マシーンに触れる者は限られていて、右前はK山君が不動の位置で、右後ろがN田君、左側は補欠まで入れると6人程いました。
ガラスを拭くだけの係りとか、ミラーを磨く係りとか。

1992年10月11日は1000チューニングクラス(スプリント)と1000・1300各クラス混走の60分耐久レース2つにエントリーし、2つとも優勝、完全優勝である。
ポールポジションにミニを運ぶクラブ員、もちろんハンドルさばきはK山君。
1000チューニングクラスでは軽く1分15秒台でぶっちぎり。
60分耐久ではドライバーは3名で1000・1300の混走でぶっちぎりの優勝。この日の最高タイムが1分13秒フラット。1000では未だに破られていないタイムである。この時1位は1300チューニングのブランズハッチ、黄旗追い越しで1周のペナルティ。2位のアレックミニレーシングが優勝となった。

1992年10月11日もレース終了後は定位置へ
この頃、フロントをスペクトラムにしてOVFに取り替えた。この5.5Jが嫌いでしょうがなかったが、はみ出しは出場できないのでトレッドを広げた。リアはGB5Jのまま。
栄光のゼッケン16番であった。アレックがレースに出なくなった後は、16番の取り合いと、この色が密かに流行ったことはあまり知られていない。

どのレースも必ず優勝。この頃から手伝いに来ていたのが、オレンジのミニの岩田君。自分もレースをやると言うので翌年より岩田号の作成に。
95yぐらいからオレンジの岩田号のみの活動となる。
この頃の筑波の観客は人がいっぱいで大変盛り上がっていました。アレックが勝つ度にレギュレーションが変わって行った。

公認レースでは速いやつに乗せて、アレックはせっせと草レース。
4輪が2cmくらいはみ出ているのがミニは一番カッコいいですよね本当は。
ミニのボディ合成と、エンジンの素晴らしさ、このOHV、スリーベアリングを永遠に残したい。そんな思いがいっぱいです。

あれから12年、今は、2004年。最近ではグレイスの気谷氏とのコラボレーションプロジェクト発足。一つはREMAKE MKIII STANCE。もう一つは国際ラリー優勝等長きのノウハウによる頭の良いエンジン、1.3iクーパーS STANCE E/G

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